第二話:買い出しに行くんです
「じゃあ、行ってくるわ」
「毎日毎日アルバイトだなんて、若い女が時間を浪費しているようなものですね」
「私が稼がないと、雪子の住むところがなくなるわよ?」
「行ってらっしゃいませ春乃様!」
「調子のいいことね。あ、そうだ。今日も何か作っておいてくれる?」
靴を履きながら、春乃は敷布団の上で横たわっている雪子にお願いした。
「一緒に住んでいれば、ご飯を作ってもらえると思っているんですか?思い上がりも甚だしいですね。わたしを抱いたからって彼氏面しないでもらえますか?」
「ひんやりしてて気持ち良かったから、抱き枕代わりにしただけでしょ。誤解を招くようなこと言わないでくれる?」
雪子が住むようになってから、春乃宅には二人分の布団が置かれるようになった。基本的には別々の布団で寝ているのだが、偶に同じ布団で寝ることもある。昨晩は少しばかり暖かかったこともあり、春乃が雪子を自分の布団に引き込んで朝を迎えたのであった。
「わたしは余計に暑かったんですけどね」
「嫌なら離れたらよかったでしょ?」
「言葉で突き放して、体で捕まえるなんて……なんて女の扱いに慣れているの……うぅ………」
「雪女の扱いなんて慣れたくもないわ。もう行くから、晩御飯よろしく~」
手をひらひらとさせながら、春乃は部屋を後にした。
「さて、と。もう一寝入りすることにしますか。続けて作ると食事係にさせられそうですし、こういうのは偶にして恩を売るのがいいのです」
雪子はカーテンを閉めて、部屋の電気を消した。二度寝をする準備を整えて、雪子は敷布団の上で大の字になった。身に纏っているのは、大晦日に春乃宅を訪れたときと同じ妖艶な白い着物。雪女である雪子にとって、衣服は体の一部のようなものなので、着替えるという習慣がない。ずっと着ているとも、ずっと脱いでいるともいえる状態である。
「わたしの手料理に、春乃は胃袋を掴まれてしまったようですね。ふふ。ちょろい女です。この程度で依存してしまうなんて、料理が趣味の男に出会ったらどうなってしまうのでしょうか?」
春乃は何でも器用に熟すタイプなので、家事も手際よくしている。お世辞にも綺麗なアパートとはいえないが、六畳一間の室内はいつも綺麗に保たれている。料理も慣れたもので、安い食材とアルバイト先の貰い物を組み合わせて、見事な手料理を振る舞い続けている。雪子はそれを食べ続け、一日、また一日と、居候する日数が増えていったのだった。
「春乃がわたしに感謝する姿は見物(みもの)ですし、気が向いたら作ってあげることにしましょう」
雪子は寝返りを打ってうつ伏せになり、枕に顔を埋めた。そのまま枕を抱きかかえ、もう一度寝返りを打つ。枕を口元に押しつけながら天井を眺め、ゆっくりと上体を起こした。
「そういえば、そばは使い切ってしまったような……」
冷蔵庫の前まで這って移動した雪子は、扉を開けて固まった。
「最悪ですね。これほどすっからかんな状態で料理を作れだなんて、わたしにどうしろって言うんですか!ああ、冷気が気持ち良い。ぶつける生卵すら残っていないなんて!ああ、冷気が気持ち良い。それともこのおいしい牛乳を、春乃の平凡なお胸に飲ませてやりましょうか!」
牛乳,チーズ,バターといった乳製品が、数えるほどしか入っていない冷蔵庫。冷凍機能のない冷蔵庫なので、冷凍保存されたものすらない。お米はあるが、おかずがないのは寂しいと雪子は思った。牛乳を取り出して一気に呑み干し、「いいでしょう!買い出しとやらに行ってあげましょう!」と言った。
「春乃は冷蔵庫に食材が不足している日を狙って、食事の支度を任せてきたに違いありません。わたしに恥をかかせ、自尊心を高めようとしているのです。お胸で劣っているからって、卑怯な手を講じたものです。恥を知りなさい、まったく……」
呑み干した牛乳パックを洗いながら、雪子は根拠もなく文句を並べていた。綺麗に洗った牛乳パックは逆さにして、乾いた後に鋏で切って開く。肉や魚を調理するときなどに、春乃はこの牛乳パックをまな板として使っている。その姿を見ているので、雪子も真似をして捨てなかったのだ。
「さて、問題はお金ですね。どうしたものでしょうか?」
買い出しに行くことを決意したものの、雪子はお金を持っていなかった。春乃からお金がないと生活ができないと聞いていたので、世知辛い世の中と思ってはいたものの、自分が使うことはないので関係のないことだと、必要になる日のことを考えていなかった。
「わたしがお金を持たないことも、計算の上というわけですか。やりますね春乃。ですが、わたしは負けません。わたしは知っているのです。確かこのあたりに……ほら、ありました!」
雪子は押し入れの中からお菓子の空箱を取り出し、蓋を開けて誇らしげに口角を上げた。その中にはいくつも封筒が入れられていて、お金が入っていないものもあるが、入っているものもある。雪子はそこから、一万円と書かれたお札が二枚入っている封筒を取り出した。
「春乃のために使うわけですし、問題ありませんよね?」
勝手に使っていいものかどうか、少しばかり不安を感じた雪子であったが、用意した手料理を春乃が食べている姿を想像して決心した。
「さぁ、いざ買い出しへ!!」
封筒を握り締め、冬子は部屋を後にしたのだった。
あとがき
春乃と雪子が可愛かったので、続きを書きました。
お楽しみいただけたでしょうか?
今回は一話完結ではなく続くわけです。
ということで次回、雪子の買い出しはどうなるのか?お楽しみに!
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