創作『つれづれ雪子さん』その4

小説

第四話:これは間接ナントカなんです

 「ついゆっくりしてしまいました……」
 太陽が沈みかける町を雪子は駆けていた。スーパーでの買い出しを終えた後、集会をしたいた雀にお礼を言いに行ったことがことの始まりで、そこから雪子も雀会の井戸端会議に参加した。議題は「カラスはなぜ黒いのか?」についてで、時間が過ぎるのを忘れるほどに白熱していた。「カラス腹黒い説」について考察しているところで、雪子は外出していた目的を思い出した。そこから慌てて帰宅を始めたのである。
 「ただいま帰りました~」
 家に着くと、既に春乃はバイトを終えて帰宅していた。そして、雪子の姿を見るなり抱き着いたのだった。
 「春乃?どうかしたのですか?」
 「家に泥棒が入って、雪子に何かあったんじゃないかって心配で心配で……」
 「泥棒?」
 「鍵が開けられてるし、押し入れの中からお金が盗られてるし、雪子はいないし……」
 雪子に顔を押しつけて話す春乃の頭を撫でながら、雪子は思考を巡らした。鍵が掛かっていなかったのは、買い出しに行く際に鍵をかけなかったからだ。押し入れの中からお金を取ったのは、買い出しのためのお金が必要だったからだ。そして、雪子がいなかったのは買い出しに行っていたからだ。帰宅予定が遅れなければ、どれも問題にならなかったはずである。
 「安心してください、わたしはここにいますよ」
 自分のせいだと思いつつも、雪子はあえて一つ一つ説明をしなかった。
 「さぁ、夕食を作りますから座って待っていてください」
 「作ってくれるの?」
 「春乃が言ったんですよ?わたしの手料理が食べたいって」
 「そういう風に言ったかしら?」
 「似たようなものです」
 雪子は春乃の背中を押して炬燵の前に座らせて、自分は台所に立った。フライパンをコンロの上に置き、スーパーで出会った“名乗るほどの者じゃないわ”さんに教えてもらった秘密道具“魚焼きアルミホイル”を敷いた。
 「アルミホイル?」
 「ちょっと、春乃!勝手に見ないでください!」
 「いいじゃないの」
 「ダメです。春乃はお金を稼ぐしか能のない、労働亭主のごとく胡坐をかいていればいいのです」
 「へぇ~、魚焼きアルミホイルっていうんだ。今度使ってみよっと」
 「あぁ、もう!早く向こうに行ってください!」
 「はいはい。わかったわよ」
 雪子はもう一度、春乃を炬燵の前に座らせた。再び台所に来ないように、炬燵の上に大学のテキストを置く。期末試験のとき、春乃はこれを読み込んで雪子の相手をしなかった。そのことを雪子は覚えていたのだ。
 「あのときみたいに、その本といちゃいちゃしていればいいんです!」
 「嫌よ!折角試験が終わったのに、どうしてもう一度勉強しなきゃいけないのよ!」
 文句を言いながらも、春乃はテキストを読みながら雪子を待つことにした。暫くすると西京味噌の良い香りが漂ってきた。そして、お皿に乗せられた鰆の西京焼きが、炬燵の上に並べられた。
 「凄いじゃないの雪子!」
 「当然です。春乃が作っている姿を、伊達に見ていません」
 「だったら手伝ってくれたらよかったのに」
 「甘えないでください。わたしに雑用を押しつけて、春乃は3分クッキングをしようという魂胆ですね。そんな横暴をわたしが許すわけありません」
 コップに水を入れて持ってきた雪子は、炬燵の上にドンっと音を立てて置いた。
 「ねぇ、早く食べましょうよ」
 「まるで発情期の犬ですね。待てもできないのですか?まぁ、わたしの完璧な手料理を前にして、自制できるだけよしとしましょう」
 「冷めてしまうと美味しさが半減するわよ?」
 「むむ。それは大問題です。完璧な手料理の価値を下げるわけにはいきません」
 二人は両手を合わせて、いただきますをした。魚焼きアルミホイルを使って焼かれた鰆の西京焼きは、西京味噌が焦げつくこともなく、箸を入れるとふっくらとした身が解れた。
 雪子はまだ口にせず、春乃が食べるのをじーっと見ている。箸でつままれた鰆の身が、春乃の口に運ばれる様子を瞬きせずに見ている。
 「そんなに見られると食べにくいわ……」
 「いいから早く食べてください。そして、早く感想を言ってください」
 そわそわする雪子をもう少し見ていたい気もした春乃だったが、目の前の美味しそうな鰆の西京焼きを早く食べたかったので、そのまま口へと運んだ。
 「ど、どうですか?」
 「うん。すごく美味しいわ!」
 「本当ですか!」
 「ほら、雪子も食べてみてよ!」
 春乃は雪子の鰆の西京焼きに箸を入れ、雪子の口へと運んだ。
 「んんっ‼」
 「どう?美味しいでしょ?」
 「ん…美味しいですが、今のはどうかと思います……」
 雪子の白い肌は、少し赤みを帯びていた。
 「初めてだったのに……」
 「でも、昨日もそばを作ってくれたでしょ?」
 「そうではありません!春乃は天然ジゴロですか!」
 「ジゴロ?何それ?」
 意味もわからず笑う春乃を見ながら、雪子は黙々と食べ進めた。
 「むぅ………」
 美味しいものを食べている喜びか、上手に作れた喜びか、美味しいと言ってもらえた喜びか、何がこうも心拍数を上げるかと、雪子は頭を悩ませていた。けど、わかることもあった。
 「雪子がいなくなってしまわなくて良かったわ」
 嬉しそうに食べる春乃を見て、食事は誰かと食べるほうが美味しいことがわかった。そして、それが大切な存在であればあるほど、美味しくなるということも。
 「たまには一緒に作ってあげても構いません」
 コップに入った水を飲みながら、雪子は聞こえるか聞こえないかぐらいの大きさでそう言った。

あとがき

 こんばんは
 お楽しみいただけたでしょうか?
 今回でとりあえず一区切りとなりますが、春乃と雪子はこれからもゆるゆると暮らしていきますので、また機会があれば書きたいと思います。

 では、また!

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