第三話:スーパーデビューなんです
夕食の買い出しに向かった雪子であったが、何処で何を買ったらいいかわからない。そこで道形(みちなり)に歩いてみることにした。
「そこの黒猫さん、食材はどちらにありますか?」
「にゃぁ」
「ありがとうございます」
「にゃ」
「はい。焼くだけなら簡単ですしね」
「にゃー」
「なるほど。やはりお金がないと追いかけられるのですね。やはり世知辛い世の中です」
雪子は通りすがりの黒猫から、美味しい魚があるスーパーの場所を教えてもらった。握り締めた封筒の中を除き、家を出るときに確認したとおり二枚あるか再確認した。
「これで買えるでしょうか?黒猫さんはお金のことはわからないようでしたし、スーパーという場所に着く前に、どうやって使うか教えてもらったほうがいいかもしれませんね」
雪子は緊張しながら歩きはじめる。次に遭遇したのは雀であった。
「そこの雀さん、お金の使い方は知っていますか?」
「チュン‼」
「これです。これで買えますかね?」
「チュチュ、チュン‼」
「ありがとうございます。物知りですね!」
「チュンチュン‼」
「いいですか?それは助かります!」
雀は雪子にお金の使いかたを教えただけでなく、スーパーまでの道案内を買って出た。ちょうどそのスーパーの近くで雀会の集まりがあるらしい。雪子は道中に雀から、スーパーについて詳しく教えてもらった。
「それでは、行ってきます!」
スーパーの店先で別れの挨拶をして、雪子はカート置き場から一台のカートを手にする。カゴを乗せて一度深呼吸をした。両手に力を込めて「いざ行かん!」とばかりに、開かれた自動扉から店舗の中に入ったのだ。雀は雪子を見送り、近くの公園まで飛んでいった。
店内では軽快な音楽が流れている。スーパー“まつばら”のオリジナルソングだ。このスーパーの利用者にはお馴染みの名曲で、「まつばら!まつばら!スーパーまつばら!」は思わず口ずさんでしまうと有名だ。新鮮な野菜、近くの漁港で水揚げされた鮮魚、安いけれど味は悪くない輸入肉、主婦の味方である。
「まずは黒猫さんがオススメしていた、魚から見ることにしましょう!」
カートを押すと車輪がカラカラと音を立てて進む。それが妙に面白く感じ、雪子は鼻歌まじりに魚売り場へ向かった。近くに漁港で水揚げされた魚を仕入れているだけであって、鮮度は抜群である。山で暮らしていた雪子に魚の良し悪しはわからないが、黒猫が「美味しい」と言うのだから間違いないだろう考えた。魚のことは知らなくても、猫が魚に精通していることは知っているのだ。
「このパックは何ですかね?」
「それは鰆(さわら)の西京漬けよ」
黄土色の液が付着したパックを眺めていた雪子に、魚売り場で物色していた女性が声をかけてきた。
「美味しいですか?」
「美味しいわ。料理はあまりしない感じかしら?」
「はい。けど、魚であれば焼くだけなので大丈夫です!」
雪子はキリっとした視線を向けた。可愛い顔をした女の子がキメ顔をしたものだから、女性はふふっと笑い声を零して笑った。
「これにするなら、簡単に美味しく焼ける方法を教えてあげるわ」
「これにします!」
「あなた可愛いし面白いわね。何匹にする?」
「二匹で!」
「じゃあ、これをカゴに入れて……こっち。ついていらっしゃい」
雪子は言われるがままに、キッチン用品コーナーへとカートを進めた。そこで薦められたのは、魚焼きアルミホイルという品物。フライパンで焼く際にそれを敷くと、焦げずに綺麗に美味しく焼けるという超便利グッズである。
「これでわたしもプロの味を……」
「ふふっ。そうね。きっとプロの味になるわ」
「ありがとうございます。えっと……」
「名乗るほどの者じゃないわ。美味しく焼けるといいわね!」
親切な人に出会えたことで、雪子は夕食の完成像が見えたような気がした。だが、関門はまだある。最大の関門が残っている。商品を買うという関門である。レジで順番待ちをする雪子は、まるで狩られる身であるかのように恐怖していた。他の人の動作を見て学んだ「カゴを差し出してお金を渡し、商品とお金を受け取る」というパターンを脳内で何回も繰り返した。それでも、初めてというのはどうしても緊張してしまうもの。「わたしはできる。わたしはできる」と自己暗示していると、「どうぞー」と呼ばれた。前の人が終わっていたことに気づかず、呼ばれてしまったのだ。
「ひゃ、ひゃい!」
パターンになかったので、雪子の声は裏返ってしまった。
「お、おね、お願いしますです!」
雪女なので元々体温は低いが、更に低くなっているように雪子は感じていた。その後のことはハッキリと覚えていない。繰り返したパターンを何も考えずに実行したようで、雪子の意識が鮮明になったときには、スーパーの外で鰆の切り身が入ったパックと、魚焼きアルミホイルが入った袋を持って立っていた。
「なかなか手強かったですが、わたしにかかればこのとおり。さて、早く戻って春乃を喜ばせる準備をしましょう!」
スーパーデビュー戦を勝利で飾った雪子は、意気揚々とスーパーを背にして歩く。その表情は熾烈な戦いを終えた戦士の如く、清々しいものであった。
あとがき
スーパーで一話書くことになるとは思いませんでした。
ということで、第四話までオチは持ち越しですね!
雪子の初めての買い出しを最後までお楽しみくださいませ!
スノボーに行ってきたのですが、トリックに失敗して膝が死にました……
人生二回目のスノボーで手を出すことじゃなかった………
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