創作『つれづれ雪子さん』

小説

 この物語は年の瀬に春乃宅を来訪した雪女の雪子さんが、そのまま居着いてダラダラと過ごしていく物語です。過度な期待はせず、淡々と読んでお楽しみくださいませ。

【登場人物】
 〈春乃(はるの)〉
  S大学二年の女子大生。一人暮らしに憧れて、町外れのアパートに住んでいる。
  生活費を稼ぐためにアルバイトを掛け持ちしていて、年末に帰省することができなかった。
  一人寂しく年越しそばを食べようとしていると、肌の白い女性が訪ねてきて同居生活が始まった。

 〈雪子(ゆきこ)〉
  Y山に住む雪女の妖怪。誰も遭難しないので下山したが、お腹が空いて倒れそうになっていた。
  出汁の良い香りにつられて春乃の部屋を訪れ、そのまま居座ることにした。

第一話:猫舌なんです

 「あついんですけど……」
 春休みを迎えた女子大生の春乃宅で、肌の白い女性が不満を口にした。
 S大学に通う春乃は期末試験を終えて、いつもどおりアルバイトに勤しんでいる。無事に進級できれば大学三年生となるので、意識が高い大学生であれば将来を見据えてインターンシップに参加するだろうが、春乃は違う。友人と旅行に行って、長期休暇を満喫するわけでもない。講義が始まるとアルバイトの時間が削られるので、今のうちに生活費を稼いでおこうと考えるタイプだった。
 「もう三月だもん。嫌なら実家に帰ったら?」
 「冷たいですね春乃さんは。そんなんだから男ができないんですよ~」
 肌の白い女性は2リットルのペットボトルに入った水を飲みながら、部屋着を脱ぐ春乃を揶揄った。生気のない目をしているが、その口ぶりは生き生きとしている。
 「いらないわよ。いても時間の無駄。アルバイトの時間は減るし、会ったらお金を使うことになるし、みんな何が楽しいのかわからないわ」
 「それはもう…くんずほぐれつ乱れるのも一興というものですよ」
 「勝手に言ってなさい色情魔。じゃあ、私はアルバイトがあるから掃除しといてね!」
 「ああ、可哀想なわたし。居候の身をいいことに、金の亡者にこき使われるなんて……しくしくめそめそ………」
 「行ってきま~す」
 「………」
 春乃は同居人の言うことを聞き流し、アルバイト先へと向かった。
 「むぅ…」
 さっきまで機嫌良く流暢に話していた女性は、六畳一間の部屋に一人取り残され、ムスッとした表情を浮かべている。
 「春乃さんはわたしを一人にさせすぎです。朝早くから大学というところに行ったかと思うと、帰ってくるのは夜になってから。試験勉強があるからと言って、わたしが話しかけることを厳しく咎めたこともありました。試験が終わったと思ったら、毎日毎日バイトバイトバイト……春乃さんは人間を辞めた後に、妖怪金女になるに違いありません」
 敷布団の上でゴロゴロしながら、肌の白い女性は汚れた天井を眺めて呟いた。
 「退屈なので寝ちゃいましょう。春乃さんの部屋なんだから、春乃さんがするべきなんです。というわけで、わたしは寝ます。寝ちゃいます。おやすみなさい……―――むぅ………」
 目を閉じて眠ろうとするが、8時間の睡眠をとった直後なので全く眠くならなかったようで、お腹が空いたのも相俟ってその女性の目はバッチリ覚めていた。
 「そういえば、あの日もお腹が空いていましたっけ………」
 うつ伏せになって足をバタバタさせながら、女性は約二カ月前のことを思い返す。

 12月31日、午後11時11分。アルバイトを終えた春乃は、ちょっと遅めの晩御飯に年越しそばを食べようしていた。麺は特価の10円そばだが、出汁はアルバイト先から貰ってきたものだ。六畳一間の部屋に鰹の良い香りが漂い、空腹を刺激してくる。アルバイトの疲れもあって、春乃は限界ギリギリの状態で食事の準備を進めていた。そのときである。
 コン、コン、コン―――
 部屋の扉が三回叩かれた。帰省しなかった大学の友達が遊びに来たのかと思い、春乃は不用心にも誰かを確認せずに扉を開けた。そこに立っていたのは肌の白い女性で、真っ白な着物姿が何とも妖艶であった。
 「すみません。とても良い香りがしたもので…ご迷惑でなければ、少しばかり分けていただけないでしょうか?」
 髪の毛も白く、全身白づくめの女性。アルビノというやつだろうかと、春乃は思った。
 「安物のそばですけど……食べますか?」
 一人分しか用意していなかったが、女性があまりにも美しいもので自然と言ってしまった。空腹状態で思考能力が低下していたというのも、この思考を誘発したかもしれない。いずれにせよ、春乃は見ず知らずの女性を部屋に招き入れてしまったのだった。
 「わたし知っています。年越しそばというんですよね?」
 「そうそう。外国の人?けど、日本語上手ですね」
 「外国というか、外界ですね。言語はご都合主義ですのでお気遣いなく」
 春乃が六畳一間に置かれた炬燵の上に、一人前のそばを等分して入れた鉢を置くと、美しく白い女性は目を輝かせて鉢を見つめた。
 「お箸でも大丈夫でした?」
 「はい。日本在住ですので」
 会話をしているが、春乃の視線と合うことはなかった。その女性の視線はそばの入った鉢に注がれている。春乃が「食べていいですよ」と言うと、勢いよく鉢を口元へと持っていった。
 「あっぅ‼」
 「あ、水用意しますね!」
 「熱いです。舌がやられました」
 白づくめの女性は血色の良い舌をぺろっと出し、涙目になっている。春乃が水を差し出すと、舌をコップに突っ込んで冷やしながら、恨めしそうに春乃を凝視した。
 「あの…大丈夫ですか?」
 「らいひょうふひゃひゃいへふ‼」
 舌足らずに文句を言う姿は可愛らしく、同情しつつも春乃の心はほっこりしていた。
 その後、除夜の鐘を聴きながら、二人はゆっくりとそばを食べ終えた。年を越した仲だからだろうか、春乃は行き場のない女性を追い出すことができず、このときから六畳一間にて同居しているのだった。

 「ふむ……」
 いつの間にか寝落ちしていた居候の女性は、すっかり陽の落ちた窓の外を見ながら口元に手をやった。そして、ゆっくりと体を起こすと、台所に立ってガサガサとするのだった。
 それから暫くして帰宅した春乃。疲れ切った声で、絞り出すように「ただいま」と言って座り込んだ。今にも寝そうな春乃だったが、部屋に充満した鰹の良い香りが目を覚まさせた。
 「何か作って食べたの?」
 「はい、どうぞ」
 「私の分も?ありがとう!」
 「そして、これはわたしの分」
 「待っててくれたの?先に食べててよかったのに……」
 「二人で食べたほうが美味しいことも知らないんですか?」
 「ふふっ。そうだね。ありがとう雪子」
 食事を用意して待っていてくれた美しい女性を前にして、春乃の疲れはすっかり吹き飛んでいた。
 「いただきまーす!―――冷めてる……」
 「わたしには丁度良いです」
 「温めようよ!」
 「ダメです。わたし、猫舌なんです」
 舌をちょこっと見せて主張する雪子。それを見て、そばは冷めているが、二人で食べるなら悪くないと思う春乃であった。

あとがき

 空気系の話を書きたい気分だったので、今日は『つれづれ雪子さん』という小説を書くことにしました。お楽しみいただけたでしょうか?

 お楽しみいただけたら嬉しい限りです。では、また!

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